紫式部










最近、カイルさんの様子が少し変わったなと思う。
これは僕だけの見解なわけだけど、よく見ているとああ、違うなあって思うのだ。
どこが違うのかと言えば、僕の兄さん――フォルデ兄さんにかかわることだ。
ルネスの騎士団の中でも一番仲が良い二人で、ルネスじゃ双子に次ぐ仲の良さだって言われてる。
そんな二人には、憧れと、兄さんに対しては家族の愛情とか、ちょっと過ぎた恋、みたいな気持ちがあった。
だから、少しカイルさんには嫉妬に近い気持ちがあったんだ。でも、カイルさんはとても立派で優しい人だから、恨むとかはありえないけど。
けれど、最近、本当に僅かな変化だったけど――兄さんを見るその視線に、変化が起きたように思えたのだ。
その前触れは、二人が些細なことで喧嘩をした後のことだった。
どこか辛そうに、兄さんを見るカイルさんに、同情のような、憐れみのような、 そんな妙な気持ちが湧いたのもその時だ。
兄さんは、家族の僕から見ても綺麗だと思う。そりゃ戦い方とか喋り方とか、声は完全に男で。
でも、滑らかな髪とか、時折見せる優しさに溢れた金の瞳とか、その目元とか。
見た目の点で言ったら、ちょっと知らない人は女性かなって思うぐらい。


以前、フレリアから来た使者の方が、カイルさんとフォルデさんが二人で並んでいて、いろいろ話をしていた時。
使者の人が、思わず
「二人は恋人か夫婦でいらっしゃるのですか?」
なんて言っちゃって。
二人、あっけらかんになっちゃってて。 カイルさんは顔を赤くしたり青くしたり、兄さんは軽く笑っていて。
でも、二人ともなんか嫌そうにしてなかったから、そこは複雑な気持ちだった。
しかも、兄さんは悪乗りして
「そーなの、俺のダーリン!なはは、きっつい顔してっけど優しいよ〜?」
夜はね、と付け足すとエフラム様も弾けるように笑い、騎士団の皆もどっと笑いだした。
ただ、カイルさんだけは言葉を失って固まっていたけれど。
勿論冗談ですからね、僕の兄さんですしって、使者の人に伝えたのは僕だった。
でも、それくらい兄さんは綺麗で、強くて、器用で、絵を描くのが本当にうまくて。自慢の兄さんだ。


荒廃したルネスへ帰って、一段落まで落ち着いた時は、全員で大掛かりなお祝いをした。
あまり多くはなかったけど、お酒やごちそうをそれなりの量用意して、皆でべろんべろんになるまで酔っぱらった。
兄さんもカイルさんも例外なく酔っぱらってしまって、二人は一緒に宴会場を出て行って。
僕はこっそり休憩がてら二人の後をつけた。
そうしたら、二人はそっと肩を寄せ合って木陰で休んでいた。まるで恋人同士がやっているような、そんなやり取りを。
兄さんはすっかりカイルさんに体を預けていた。その体を、そっと抱き締めるカイルさんは普通に格好良くて。
僕はそれ以上見ていられなかったんだ。


そんなことがいろいろとあって、今に至る。
それが、カイルさんの変化。
さまざまなことを経て、フォルデ兄さんに対する視線が、変わってきた。
これは紛れもない事実だと思う。いつも見ている僕だから気付けたことだ。
ある時は酷く眩しそうに。ある時は少し辛そうに。ある時はとても熱のこもった視線で。
まるで、それはまるで―――。
その核心により近いものを言葉にしたら本当になりそうで、僕はそれ以上言葉にはできないのだ。
けれど、その意中のフォルデ兄さんは特に変わった様子もなく、普通にカイルさんといつも通り接している。
それが唯一の救いと言えばそうだった。
それなのに。

「なあフランツ。あいつさ……どうしたのかな」
「カイルさん…ですか?」
「ああ。最近付き合い悪い…というか、人の話あんまし聞いてなくて。ぼうっとしてんのかな」
それとも…俺のこと、いい加減呆れて嫌になったのかなあ?
そう聞いてくるから、僕も嘘はつけなかった。だって、兄さんを悲しませるのは僕も辛いからだ。
辛そうに悩む兄さんの力になりたいのは本当。ただ、兄さんの悩みは大抵カイルさんに関わることだった。
「いえ、むしろ…カイルさんは兄さんのこと好きですよ。たぶん。逆に好き過ぎて困ってるんじゃないですか?」
「またまた……そりゃあ、無いだろ」
兄さんは笑うけど。これまでのカイルさんと比べたら歴然の差なのだ。
その変化にむしろ兄さんが気付かないことの方が不思議だった。
「カイルさんって、好きな相手に不器用になるみたいなんですよ。知ってました?」
「……ああ…」
「最近…丁度兄さんが違和感を感じだした頃から、カイルさんが兄さんを見る目が変わった…本当に」
「そっか…なんか視線が強くなった気がしたのはそのせいかな」
少しは感づいていたらしい。流石は兄さんと言うべきか。
「カイルさん、暇さえあれば兄さんのこと、ずっと見てますもん」
「そういうお前は、いつもカイルを見てるんだな」
「まあ…兄さんが心配ですから」
「俺?」
兄さんは、僕の気持ちには全く気付いていないようで、何処か胸がちくりと痛んだ。


そして、結局兄さんはたまには休暇にあいつを誘おうと言って、アトリエに招いたらしい。
そんな二人を、僕は物置の陰から見つめていた。
悪夢に近いささやかな日常に、僕の心は乱れ揺れ動くばかりで。
そっと覗いたアトリエの窓から、二人が抱き締めあっている姿に、どこか奈落の底に突き落とされたような感覚を味わった。
微かに霞んだ窓からも分かるほど、二人の顔は赤くて、その顔が重なるまで。
そして、そっと壁に雪崩れるように二人が体を近づけて、それから、それから―――。
微かに聞こえる甘い声と、切羽詰まったような息の目まぐるしさ。
それだけが、遠く脳裏まで響いて突き抜けていったんだ。

僕は、どこかで気付いていたんだ。
兄さんが、カイルさんを誰よりも見ていて、心の底から想っていたことを。
誰よりも近くで、誰よりも長い間、共に戦場で戦ってきた戦友で。
強いところも、弱いところも、誰よりも見てきて。信頼を置ける唯一無二の絆を持って。
それはきっと、家族の絆にも勝るくらいに成長して、し過ぎて。
結果、不器用な想いに変化した。
二人ともそういうところでは不器用すぎるほどだから、なおのこと。
それを知っていて、僕は兄さんに協力したんだ。
辛くはあるけれど、でもいいんだ。
僕には、あの二人を裂いて幸せになれるほど、冷たい人間にはなれないから。
二人には、ずっと仲良く、笑い合っていてほしいから。



だから―――愛し、愛されてくださいね、兄さん。














End


フォルデは気付きつつも(? 手は出せず。
カイルは手どころか視線までで止まる始末で す よ
手に負えないね…フランツとかが協力して、ようやくハッピーエンド!みたいな二人もいいと思います。
不器用ゆえの長年の両想いとか、ね。 2013,7,8









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